主人公・榊原は時間買取センターの常連だった。年齢を重ねるごとに、若さへの執着が強まり、買う時間の量も増えていた。
「またお買い上げですか? いつもありがとうございます」
受付のAIが無機質な声で対応する。榊原はカードを差し出し、躊躇なく時間を購入する。
時間を買い足すたびに若さが戻り、活力がみなぎる。だが最近、違和感を覚えるようになった。
時間を移植すると、わずかに「前の持ち主の記憶」が流れ込む。些細な記憶の断片——見知らぬ田舎の景色、どこかの家族の食卓、誰かの悲鳴——がフラッシュバックするようになった。
最初は気にしなかった。しかし、日を追うごとにその頻度は増し、榊原の本来の記憶が曖昧になっていく。
「……俺は、誰だ?」
ふと鏡を見たとき、自分の顔が誰か別人のように感じた。頭の奥で何かが訴えかける。
『俺の時間を返せ……』
流れ込む記憶の中に、自分への激しい憎悪が含まれるようになった。まるで「時間を売った人物」の怨念が焼き付いているかのように。
ある日、榊原は偶然、時間買取センターで一人の男とすれ違った。
やせ細ったその男は、榊原を見た瞬間、異様な目で睨みつけた。
「……お前か」
「何の話だ?」
「俺の時間を……お前が買ったんだな」
榊原の背筋が凍る。男の顔は、記憶に流れ込んできた人物と酷似していた。
数日後、榊原は背後から鋭い痛みを感じた。
振り返ると、先日の男がナイフを持っていた。
「……てめえのせいで、俺は……」
「やめろ! 待て!」
男の顔はすでに老人のように皺だらけだった。時間を売りすぎて、肉体が急激に老化していたのだ。
榊原は理解した。彼は、何度も時間を売らされ、ギリギリのところで生きていたのだ。榊原が買った時間は、彼の人生そのものだった。
「お前だけが若さを得るなんて、許せるかよ……!」
刃がもう一度突き立てられた。
意識が遠のく中、榊原は思った。
(俺は……これから何年分の時間を失うんだろう……)
血の海の中、榊原の時間は、ようやく買われることなく消えていった。
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おはようございます。
落武者戦闘服です。
前回のショートショートが時間を売るがわ、
今回は買う側が主人公の作品です。